馬毛「飛翔織」について
1992年に、岐阜県飛騨高山に誕生した馬毛「飛翔織」は、経糸、緯糸共に馬毛(尻尾の毛)を100%使用しています。
太陽光に当たると馬毛特有の光沢を放ち、しなやかでハリがあり、通気性に優れている織物(生地)です。
製作は職人一人一人が、天然の馬毛を一本一本厳選し、最高品質の馬毛だけを使用。世界唯一の織り方で235もの工程を経て織上げます。
全て熟練された職人による技術が必要とされ、大量生産は難しく、小売店や専門店でも出会えない逸品物となっております。
馬と高山
周囲に緑の生い茂る飛騨高山は、その昔徳川幕府の直轄地でした。ここ高山は絢爛豪華な祭り屋台で知られ、人口6万5千人余りの静かな城下町で歴史は古く、飛騨は郡代に納める献上馬の馬産地でもありました。人々は百姓の傍ら馬を育て馬とともに生き、その証拠に古い民家の家屋には馬を飼育するための馬屋(うまや)があります。そして馬を仏として奉る馬頭観音があり、今でも8月のお盆の時期には絵馬市が開かれています。
これから先は飛騨と馬との密接な関係について紹介します。
振り返り見上げる松林の峰が、飛騨国司姉小路中納言三木左京太夫自綱(久庵)の居城「松倉城跡」(現在馬頭観音が祀られている)である。天正13年(1585年)旧暦8月、豊臣秀吉の命を受けた金森長近・可重父子は、合崎山を本陣と定め、松倉攻めにかかったが自綱の息子秀綱が籠る城の守りは固く門を閉ざしていた。 そこへ三木の家臣、藤瀬新蔵の裏切りによる放火があり、秀綱以下が慌てて身を隠そうとするが、途中郷民の手にかかりあえなく落命した。それ以来、跡地には松倉観音堂を建て、馬を守護仏として信仰している馬頭観音が祀っている。遠くは高原郷、阿多野郷から飼育している牛馬を美しく着飾って参拝し、牛馬の安全さらには五穀豊穣を祈った。今でこそ馬を飼育している家が少なくなったものの、町人達もそれにならって、江戸後期、牛馬の代参物を携え、家内安全、商売繁盛の縁起物として求めるように盛んになった。
このような歴史的背景のもと、飛騨にとって馬は守護物であり、生活の糧でもある存在となりました。
貴重な馬毛はその昔、調理器具の裏漉し器や釣り糸の材料として、もてはやされていました。
しかし現在ではステンレスやビニール等といったものが主流となり、すっかりその影を失ってしまいました。しかしせっかくの素材と匠の技をなくしてはいけないとの志で開発されたのが、馬毛「飛翔織」でした。
1982年頃から約10年の歳月をかけて完成させてきた、世界で唯一の馬毛100%を使った織物は、そのさまざまな織り工程に精緻な手細工が施され、一本一本の馬毛を糸に加工し織ることができる状態になるまで研究することは、これまでのホースヘアー製品の常識を覆すべき画期的な開発でした。
わずかな汚れや縮み・傷み等ないように、また個々の馬毛の全てが1つの織物として完成に向かっていくために、人と馬毛が一体となれるよう努力する必要があったのです。
「飛翔織」には汎用の繊維製造の常識は通用しません。馬毛の1本1本が最後まで運命共同体として融合され、1枚の飛翔織へと収歛し完成していくという、非常に手間と時間のかかる織物であることです。
1枚の製品が完成するまでに、3ヶ月から6ヶ月もの月日がかかり、その大半が馬毛糸作りへと費やされています。常識では考えられない手間と時間を費やして完成品へと導いているのは、数多くの内職の手により様々な作業工程を分業しているからです。
この織物の本格的な生産を開始させたのが1992年、おおよその2年後には、ほぼ完成の域まで達しました。
数ある特徴の中でも特筆すべきは、馬毛特有の光沢と風合いで、特に天然馬毛を脱色など一切せずに、馬毛本来の美しさである光沢を、屈折により馬毛が反射し独特の神秘的な輝きが楽しめるよう織り上げたことにあります。
この輝きは実際に体験しないと言葉では説明できない未知の世界のものなのです。
最高の馬毛を採取するために
馬毛「飛翔織」は良質な尾の毛を縦・横糸ともに100%使用した世界唯一の織物です。
馬毛「飛翔織」に使用される馬毛は、長さ50cm以上の尾毛だけを厳選することで常に一定の品質が保たれています。
他社のホースヘアー製品ではタテガミを使用しているところもあるようですが、季節によって脂分の変化が激しくその長さも短い為に、天然馬毛本来の光沢と風合いを表現する飛翔織には一切使用しておりません。
これらの馬毛を最高の品質の状態で手に入れることは容易なことではありません。
流れるような長い馬毛、十分なブラッシングと手入れをして、最高に素晴らしく仕上げた尾毛を最良の状態に保つことは、飼育の段階から手間をかけなければ実現しないのです。
屋外で過ごすことの多い馬は砂遊びをするときや柵に体を擦り付けたりすると、長い尾毛は触れただけで抜けてしまうことがあるほどです。
また、日常の手入れ作業の一部として、毛抜きをしたり編んだりと多くの作業があるのです。
毛が非常に剛い場合には十分に使い込んだ根ブラシを使い、尾の先から付け根まできれいに手入れをする事が大切な作業となります。
これから先は飛翔織に使われる馬毛が日常どのような手入れをされているのかご紹介します。
(1)尾の毛をすく
尾の形、エレガントさを際立たせるために、尾の上部両側の毛及び中央の毛の一部を抜きます。こうすることで尾が常に美しく整然とした状態に保たれます。また、柵などに擦り付けられて抜けたり枝毛となる心配も少なくなります。
(2) 尾を編む
健康な状態で上部から長く厚く毛が生えてきたら、いよいよ採取前の作業に入ります。
作業にかかる前に、きれいに洗って十分なブラッシングが必要です。
このとき尾の毛は簡単に抜けてしまうことがあるので、作業の際には常に柔らかいブラシでやさしくブラッシングをします。
これを忘れると気づいた時には編むべき毛が残っていないということになりかねません。
うまく編むにはコツがあります。
とりかかる前には毛をよく湿らせておき、上部を出来るだけきつく編むと全体がよりしっかりします。
ほぼ尾根部の終端近くまで編み、その先は1本の編み紐を垂らすようにします。
編み終わったら直ちに全体を濡れスポンジで軽く叩き、編んだ部分をよく湿らせます。この後、保護のためにバンテージ(包帯のようなもの)を巻き付け、最後は解けないようにしっかりと結びます。
馬自身に苦痛を与えぬよう、尾根部は自然な形にしておくことが最良といえます。
バンテージを外すときは、静かに解いた後、すばやく滑らせるようにして取り去ると型くずれしません。
(3)尾をくぐり上げる
馬はいつどのような状況下で毛を傷つけるか分かりません。
野山を駆けたり、ハンティングをしたりしますので、屋外で生活する馬は、きれいな状態を保つために尾根部分の先端まで編み上げたところで太い輪ゴムでまとめあげます。
(4)尾のカット

短く切りすぎたり、切る角度を間違えたりするのを防ぐために、尻と尾の間に腕を入れて、尾を運動時の位置まで持ち上げます。
右腕で尻を押さえながら、附蝉の位置(ひざのあたり)を目安に尾の長さを確認します。
左手でカットする場所を決め、正しい角度で尾を握ります。
まっすぐ横に切るか、中央の毛がやや斜めになるように切り端の形を整えます。
不揃いの毛を断ち落としながらまっすぐに整えます。
この時、全部をカットするのではなく、剥いてあげるような感じで、3分の1だけカットします。
飛翔織で使用される馬毛は、サラブレットからポニーまで、最高の馬毛であればその種類を問いません。
但し動物愛護等の観点から、採毛馬及びよく手入れされている食肉馬を中心として使用しています。
このようにして大切に採取された毛は、職人の手により馬毛糸へと加工されていきます。
馬の尾毛から織物へ
馬毛「飛翔織」は昔ながらの手織りに改良を加えた技術で織り上げています。
織機というのは、人類が発明した最初の機械であるといわれており、馬毛織には昔ながらの高機と呼ばれる木製の機械を改造したものを使用します。
高機は別名フロアルームとも呼ばれています。
高機の場合は卓上機より大きいのでより大きな反物を最大幅110cm、長さ80cm迄のものを1日約30cmの早さで織り上げることが出来ます。
馬毛織の1番の特徴は天然馬毛の光沢と風合いです。これらを最大限に引き出すには馬毛糸づくりから重要な作業になっていきます。
馬毛は1本ずつ特殊な糊をつけながら撚り合わせていきます。
糸の撚りの強さ、方向、そして種類は、織物の外観、手触り、風合いなどに非常に影響を及ぼします。
この糸の撚り方だけでも種々の糸を作り出すことが出来ます。
織物を織るときも他の色々な製作と同様に、まずデザインを考えなければなりません。
馬毛織の場合、この糸撚りまでの作業までで約7割の工程を占めています。
普通の織物は機に糸をかけて機こしらえしてしまえば、あとは単純な仕事になりますが、馬毛織の場合張力や打ち込みなど細かい心配りが非常に大切になってきます。
こうした技術は経験のもと体得していきますから、一つ一つの仕事を丁寧に考えながら進めていかなければなりません。
これから先は飛翔織の織り上げまでの仕事がどの様になされているのかを紹介していきます。
(1)馬毛の洗浄
採取された馬毛は色別に分けられ、手作業にて洗いあげられます。
毛に付いた汚れは1本ずつきれいに洗い上げ、シャンプーとリンス及びトリートメントをされ仕上げます。
(2)品質検査
洗浄された馬毛は長さ別に分けられます。
同時に指の触感で毛の裂け目(裂け目とは、尾毛を顕微鏡で見るとノコギリの刃のような形をしており、一定方向に向かって裂けています。
)を検査し、一定方向に毛が流れるように揃えます。この作業を怠ると織の作業時に毛が切れてしまいます。
同じく毛は1本ずつ光に透かして汚損、枝毛、虫食い、色、艶、太さなどを熟練の職人が丁寧に検査します。
また馬毛は非常に枝毛が多いため飛翔織で使用される毛は一頭の馬から約30g程度と少なく、帽子1個分程度にすぎません。
一週間かけて約6,000本(小さな帽子1個分相当)を検査します。
(3)殺菌消毒
厳しい検査に合格した馬毛は殺菌消毒をします。
この工程において塩等を独自に調合した粉末に最低10日から90日間漬け込みをし、完全に殺菌消毒及び脱臭を行います。
漬け込む時間は毛に含まれる脂分によって異なります。
そして殺菌消毒された毛は天日で約一週間干されます。干す時は極端に乾燥すると折れてしまい、湿気を多く持ちすぎるとカビが繁殖してしまいます。